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ドイツ留学☆思い出日記 ~受験編~

渡独2日後、さっそくアーヘン音大の教授にレッスンを受けに行きました。

レッスン後、教授に少し気に入っていただけたようで「もし興味あるなら今度レッスンの聴講してもいいよ」と言われ、数日後に聴講させてもらえる事になりました。

このレッスンの帰り道に人生で初めて、黒人さんからナンパされました。しかも3人組・・・

色々話しかけられ怖かったものの、拙いドイツ語でなんとか断り帰宅しましたが、この日の夜は怖かったので、ちゃんと鍵をかけてから寝ました。(←普段はオートロックだったので特に何もしてませんでした。)

2,3日経っても黒人さんが押しかけてくることは無く、私は週末気分ルンルンで聴講の為、音大に向かいました。

その時は多国籍の生徒さん(アジア系、ロシア系、南欧系)のレッスンを5、6時間くらいがっつり聴講させて頂いたのですが、皆すごく上手でとても勉強になりました☆

さすが世界から集まってきてるだけあるなぁ、と思いました。

テクニックも音楽性も素晴らしかったですし、その上で皆自分の個性、長所を活かした演奏をしていました

思い切って留学に来たかいがあった、とまだ何も始まってないのに感じたりしましたw

数日後、その教授にもう一度レッスンして頂き、受験日を迎えました。

実は、受験の数日前に教授に「今の完成度で院に受かるのは難しいと思う。僕は大学の3回生から編入することをお勧めするよ。そっちだったら受かると思う。今からでも変更できるけどどうする??」と言われましたが、無謀な私は「とりあえず大学院を受けてみます」と押し切って受験しました、ら見事に落ちてしまいましたwww

駄目だった理由はたくさん思い当たりますが、その時は落ち込んだり反省したりする事もそこそこに必死で今から受験できるところが無いか調べてもらっていました。

そして見つけたのが、ヴィースバーデンの音楽学校。

普段の授業はヴィースバーデンで受けるのですが、試験のときはフランクフルト音大から教授が来て審査に入り、卒業証書もフランクフルトの音大から出るとの事。

ただし、そこは音楽教育学科しか無いので、教育学科の卒業証書を持っていない私は1回生から始めなければいけない。

色々悩みましたが、受験してみる事にしました。

受験前日に初めて見たヴィースバーデンの校舎はとても綺麗で、中央に設置されてるホールも広く、とても気に入りました。

緊張した受験当日、ピアノの実技は上手くいきましたが、筆記試験と面接が非常に心配でした。

結果が来るまで「落ちてたらどうしよう。。」と毎日不安でしたが、無事合格通知が届き、心底ホッとしました。

それが私とヴィースバーデン音楽学校の出会いでした



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ドイツ留学☆思い出日記 ~アーヘン編~

前回ちらっとお見せしましたが、こちらが私がドイツで始めて住んだアパートの内装

玄関側からのアングル
アーヘン1・1


窓側から
アーヘン1・2


トイレとシャワー
アーヘン1・3


窓からの景色
アーヘン1・4


ピアノは中古のを買いました

広さは19平方メートル程。家賃は光熱費込み(電気代別)で190ユーロ

当時ユーロがどんどん上がっていってた時期なんですけど(1ユーロ=約155円)それでも月々3万円いかないのでありがたかったです今だったらもっと安いですね一ヶ月2万円かな。

そんな感じで、家賃の安いアパートだったので、学生さんがたくさん住んでました。建物自体もかなり大きくて、部屋数100戸以上あったんじゃないかな??

色んなサイズの部屋があって、少し大きめの間取りの部屋には夫婦やカップル、学生がシェアして住んでたりしました。

私の小さな部屋には洗濯機置くスペースが無かったので、地下の共同のランドリーを使ってました。

それがこんなに部屋数多いのに、洗濯機2台と乾燥機1台だけしか置いてない。

しかも手前の洗濯機はよく壊れてたので(頻繁に直したり、新しいの入れてもなんでかすぐ壊れてた)稼動するのは一台のみでした。

なので洗濯機は常に取り合い誰も使ってない時は自然とガッツポーズが出ましたw

それにこの洗濯機、普通の小銭じゃ使えなくて、たまに来る業者のおじさん(?)に洗濯機に使用するためだけのコインに替えてもらわないと使えませんでした。

こんな感じのやつ↓↓
アーヘン1・5

それだけでも面倒くさいのに、そのおじさんは1週間に1回?か10日に1回?(ちょっとうろ覚え)くらいしか来なくて、しかも昼間の1,2時間しかいないから、それを逃すと結構先まで待たないといけないっていう・・・

なんで普通のコイン使えるようにしてくれなかったんやろ・・・

なんせそのシステムのせいで洗濯が非常に面倒くさかったのを覚えています

しかし立地は非常に良かったです。スーパーは歩いて30秒の出てすぐの所にあったし、駅や街中へも歩いていける距離だったので便利でした

治安はまぁまぁ?でした。悪くは無かったと思います。

数日後黒人さんのグループにナンパされる事になるんですが、それについてはまた後日・・・





ドイツ留学☆思い出日記 ~プロローグ~

いや~、今日も寒いですね!!皆さんお元気ですか??

最近ブログの更新が滞っていましたが、決して体調を崩していたわけではございません。

単純にただ書くことが無かったんです。。

なので!!ここらへんでドイツ留学時代を振り返りつつ、当時の思い出をつらつらと綴っていこうと思います



私が渡独したのは2006年の6月14日でした。

2週間前くらいから本格的に荷造りを始め、服や下着類はもちろん、包丁にまな板、小鍋や箸、プラスチックのお皿なんかもトランクに詰めました。

当時は向こうで何がすぐに手に入って、何が手に入りにくいのか分からなかったので、生活に最低限必要そうな物は片っ端から詰めました。

そんなこんなで渡独当日、家を出たのは確か朝の6時半ごろだったと思います。

色々入ったスーツケースは30キロを超えていました。

いつ帰国できるか分からない、帰国日未定の状態での出国にも関わらず、家を出るとき、愛すべき私の家族はまだ皆夢の中でした

一応声はかけて行った方が良いと思ったので、とりあえず皆に「いってきます」とだけ言って、家を出ました。

スーツケースを4階から1階に運ぶまでの間に、いくつかの階段が「バキッ!!」と不穏な音を立てましたが、振り返らずに出てきました。

運ぶのに必死だったのと、あまりにもドライな家族の態度に少しイラッとしたっていうのも正直あったり無かったり・・・

なので、関空までは一人で行きました。電車に揺られながら、はっきりとは覚えていませんが、不安よりはワクワク感の方が強かったと思います。

というか、準備段階からあんまり不安だった覚えがありません。とにかくすごく楽しみでした


そして出国&入国。

ここらへんは特に覚えてないので端折りますw


着いてからは知人の方が空港まで迎えに来てくださいました。

そしてフランクフルト空港から私の最初の拠点となる町、アーヘンまで新幹線で移動しました。

アーヘンに着いた時、もう夜9時はまわってたと思います。

この時駅を出るのに、階段を降りなければならなかったのですが、エレベーターやエスカレーターが無く、スーツケース重いしどうしよう・・と困っていると、横からお兄さんが「それ持って下りましょうか?」とスーツケースを下まで持っておりてくれました。

そういう事がサラッと出来るって素晴らしいなぁと着いて早々感動したのを覚えています。

そして駅から徒歩15分、最初の住居のアパートに到着しました。

その後部屋に入れたものの電気が付かず、少しパニックになりましたが、ブレーカーが落ちているだけだという事に気づき、事なきを得、同じアパートに住んでいる日本人の女の子Mちゃんとそのお友達に晩御飯をご馳走になり、就寝しました


出国&入国

次回はアーヘン編をお届けしようと思います




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